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 2008/12/21  小型機墜落、邦人3人重傷 ハワイ・ホノルル近郊

米ハワイ・オアフ島のホノルル近郊で19日正午(日本時間20日午前7時)前、離陸直後の軽飛行機が墜落、関係者によると、乗っていた日本人3人が重傷を負った。いずれも病院に収容され、1人は手術を受けたという。在ホノルル日本総領事館が身元の確認を急いでいる。

 ホノルル・アドバタイザー紙(電子版)は、日本人と特定していないが、3人は事故当時、意識がある状態で発見されたと報じた。3人は59歳の男性と、40代と20代の女性2人という。

 関係者によると、事故機は日本人を対象に操縦訓練を実施する会社が所有。3人は訓練飛行に向かう途中で、うち1人は教官、残る2人は訓練参加者とみられる。ホノルル近郊の空港を離陸後、敷地外の道路に墜落したという。在ホノルル日本総領事館によると3人は教官と夫婦。FAA報道官は「離着陸の訓練中で、空港を離陸した直後に推力を失い、墜落した」と語った。

軽飛行機は、カラエロア空港で離着陸訓練中だった。

機体は1976年製パイパーチェロキー(4人乗り)で、11:30分に離陸した直後エンジンパワーを失い、コーラルシーロードへ緊急着陸の際、電柱、電話線を引っ掛けた。59歳の男性とその40台の妻、並びに20台の女性教官が搭乗していた。

ちょうど通りかかった32歳の軍人によると、前部座席の女性が「これは夢なの?」と呟いており、「これは夢じゃない。今助けが来る」と励ましたとのこと。後部座席の女性は英語がほとんどしゃべれず、また前部座席の男性は顔面にかなりの傷を負っていたとのこと。

機体番号によると所有は日本人向けに飛行訓練を提供しているOffshore Flight School Inc.である。

ハワイで日本人が関係した飛行機事故はこれで今年2回目である。今年6月17日にIsland Hopperのセスナが日本人パイロットと日本人夫婦を乗せてハワイ島で行方不明になり、5日後の22日にKa’uの近傍の標高5200フィートの地点で発見されたが全員死亡していた。
 2008/11/29  国道交差点付近に軽飛行機墜落 2人軽傷 大阪府八尾市

8月19日午前10時すぎ、大阪府八尾市志紀町南2の国道170号の交差点付近に軽飛行機(セスナ206)が墜落した。八尾市消防本部によると、軽飛行機に乗っていた男性2人が軽傷を負い病院に搬送されたが、意識はあり命に別条はないという。付近の住宅や通行人や車との接触も確認されていないという。府警八尾署などが事故の詳しい原因を調べている。

 同消防などによると、搭乗していたのは男性操縦士(34)とカメラマンの男性(57)。2人は自力で軽飛行機から脱出した。機体は大破した状態で路上にあり、主翼の一部などが散乱しているという。

 調べによると、現場はJR志紀駅の南約200メートルの交差点。約30メートル東側をJR関西本線の線路が走っている
 2008/11/29  テスト飛行のエアバス機墜落 2人死亡5人不明 地中海

AFP通信によると、フランス南部ペルピニャン沖の地中海で27日、テスト飛行中のニュージーランド航空所有の旅客機エアバスA320が墜落した。乗員7人のうち2人が遺体で発見され、残る5人が行方不明となっている。

 同機は06年からチャーター飛行をするドイツの航空会社に貸し出されていた。パイロット2人はドイツ人、残りの5人はニュージーランド人。事故当時、機体は点検中で、ペルピニャンの飛行場に接近中に墜落した。原因は不明。

パリ――フランス民間航空行政当局は27日、南部ペルピニャン沖の地中海で同日午後5時ごろ(日本時間28日未明)、試験飛行中のエアバスA320型機が墜落し、搭乗していた7人のうち2人が死亡したと述べた。残り5人は行方不明となっている。

エアバス社によると、墜落したのはペルピニャンで機体などの定期点検を受けていた。ニュージーランド航空が所有しているが、ドイツのXL航空に貸し出していた。約1時間の試験飛行を終え、ペルピニャン空港へ接近中に墜落したという。機体をニュージーランド航空へ12月に戻すため、機体や機器を点検していたという。

乗っていた7人には同航空の整備士、ニュージーランド民間航空行政当局の航空機検査官らが含まれる。

仏海軍の船舶やヘリコプターが墜落現場に出動して捜索作業を続けている。エアバスは、「当局による原因調査に全面的に協力する」との声明を出した。
 2008/08/27  旅客機墜落:68人死亡、22人生存 キルギスで離陸直後

インタファクス通信によると、中央アジア・キルギスで24日夜、地元の民間航空会社「イテク・エアー」のテヘラン行きボーイング737旅客機(乗員7人、乗客83人)が首都ビシケク郊外のマナス国際空港を離陸した直後、墜落した。キルギス政府によると68人が死亡。生存者はキルギス人とイラン人がそれぞれ11人で病院に運ばれた。

 乗客はキルギス人24人、イラン人52人、カザフスタン人3人、カナダ人2人、中国、トルコ人が各1人だった。イランで親善試合を予定していたキルギスのバスケットボール・ユースチームが搭乗しており、多数の選手が犠牲となった模様だ。

 事故機は離陸後、高度1000メートル付近で機内の減圧を示す警報が作動、空港に引き返そうとしたが、旋回中に急降下し、空港から5キロの地点で墜落、炎上したという。

 モスクワ放送によると、キルギス当局者はテロの可能性はないとみている。同機は79年の製造。1カ月前に機体全体の安全検査を終えたばかりという。

 2008/08/25  キルギスで旅客機墜落 123人搭乗

キルギスの首都ビシケクのマナス国際空港近くで24日、民間航空会社「イテク・エア」が運航するビシケク発イラン行きのボーイング737型旅客機が離陸の際に墜落し大破した、とインタファクス通信が伝えた。キルギス非常事態省は、123人が搭乗していたと発表した。負傷者がいる模様という。
 2008/08/25  米国ユタで双発機墜落、10名死亡

22日金曜日、ユタ州南東部のアーチ国立公園近くに、キングエアA100型双発機が墜落、炎上し、搭乗10名全員が死亡した。
搭乗していたのは、皮膚病クリニックの従業員でMoabの18マイル北西の空港から飛び立ち18:15頃墜落した模様。

Red Canyon Aesthetics & Medical Spaというこのクリニックの従業員は、この双発機をタイムシェアで利用し、付近3州の集落を回り、皮膚がん予防等の治療を実施していたとのこと。

 2008/08/21  旅客機炎上、死者153人 離陸中に出火 マドリード

マドリードのバラハス国際空港で、20日午後、スペインの航空会社「スパンエア」の航空機が離陸時に事故を起こした。スペイン政府は同日、乗員乗客172人のうち153人が死亡、19人が負傷したと発表した。同国ではここ20年で最大の惨事となった。マドリードの日本大使館によると、日本人の乗客は確認されていない。

 事故機はMD82型で、大西洋のスペイン領カナリア諸島ラスパルマスに向かう予定だった。エルムンド紙(電子版)によると、離陸途中で左エンジンから出火。滑走路を外れ、機体が二つに裂けた後、火に包まれたという。乗客の多くはカナリア諸島にバカンスに向かう欧米各国の市民。AP通信によると、うち22人が子供だという。

 マドリードでは04年3月に191人が死亡した列車同時爆破テロ、06年12月には同空港で北部バスク地方の独立を掲げる武装組織の爆弾テロがあり2人が死亡したが、今回の事故についてスペイン政府は、テロの可能性を否定している。

 事故機は製造から15年を経ていたが、昨年末以降に点検を済ませていたという。スペインのサパテロ首相は「非常に動揺している」と語り、原因究明に乗り出す意向を示した。

 スパンエア(本社スペイン・マジョルカ島)はスペインでイベリア航空に次ぐ第2の航空会社で、北欧を拠点とするスカンジナビア航空の子会社。北米や中南米にも路線を開拓している。全日本空輸やルフトハンザ航空などで構成する国際航空連合「スターアライアンス」に加盟している。

 地元テレビによると、同機は離陸後間もなく、墜落。滑走路脇の木々が生えた一角に突っ込み、炎上した。現場では機体と焦げた木や岩が入り交じり、遺体の身元の確認も難しいほど。救急隊員はエルムンド紙に「生存者がいるのが不思議なほどだ」と語った。あまりに悲惨な光景で、原因捜査を担当する予審判事は現場写真の公表を禁じる措置をとった。

 事故機は出発前に異常が見つかり、点検に手間取っていた。空港に駆けつけた乗客の家族の一人は「携帯から『出発が遅れる。機体を変更するそうだ』と連絡してきた。しばらくして『やはり同じ機体で飛ぶことになった』との連絡があり、間もなく事故に遭った」とテレビで話した。

 エルムンド紙(電子版)に寄せられた読者の複数の投稿は、同社で同様の機体のトラブルや運航の遅れが最近相次いでいた、と証言した。

 スパンエアは86年に設立され、スペイン第2の航空会社として順調に業績を伸ばした。現地報道によると、65機を保有して主にスペイン国内や欧州各国の路線を運航させていた。しかし、格安航空会社も加わった欧州の過当な競争に巻き込まれたうえ、最近の燃料価格高騰の影響を受け、今年に入って業績の悪化が表面化。親会社のスカンジナビア航空は売却を狙ったが実現しなかった。

 今月8日、従業員3千人余りのうち1100人を解雇するリストラ案を公表。秋以降に不採算路線を廃止し、燃料高騰に対応するため15機前後の運航を凍結するなど再建に乗り出したが、従業員らの反発を招いていたという。
 2008/07/27  航空事故:小型機墜落、1人重体 長崎空港離陸直後

 26日午後5時半ごろ、長崎県大村市の長崎空港東側沖約300メートルの大村湾に小型機が墜落した。乗っていた3人は救助されたが、佐賀県多久市、自営業、原口賢介さん(54)がおぼれて多量に水を飲み意識不明の重体となっており、他の2人は軽傷。

 他に乗っていたのは、所有者の佐賀県上峰町堤、歯科医、古賀悦郎さん(59)▽佐賀市駅前中央3、歯科技工士、諸隈勤さん(65)。

 長崎県警大村署などによると、佐賀空港から長崎空港に着き、約1時間半後の同5時21分に長崎空港を離陸した。レジャー目的での飛行だった。

 操縦(桿かん)は前部座席に二つあり、前部には原口さんと諸隈さんが座っていた。同署はどちらが操縦していたか調べている。

 小型機は離陸直後に右に旋回し、約2分後には海に墜落。乗っていた3人は全員が岸に向かって泳ぎ、古賀さんは海上自衛隊員のモータボートに救助された。原口さんは岸近くで消防署員が泳いで救助し、諸隈さんは自力で岸壁にたどりついたという。機体は墜落後にすぐに沈んだ。

 同署によると、乗員の1人は「離陸直後に機内に煙が入ってきたため、引き返そうとしが墜落した」、空港管制官2人は「墜落前に機体下部から炎と煙が出ていた」と話しているという。

 小型機はフランス製単発プロペラ機の「ソカタ式TB10型」(4人乗り、全長7・63メートル、全幅9・76メートル、高さ3・2メートル)。

 2008/07/27  体に穴、カンタス航空機が緊急着陸

ロンドン発オーストラリア・メルボルン行きの豪カンタス航空ボーイング747―400が25日、経由地の香港を離陸後、爆発音に続いて機体に穴が開き、マニラ国際空港に緊急着陸した。365人の乗客と乗員にけがはなかった。

 穴は右翼近くに直径2.5~3メートルの大きさで開き、機内でも天井の一部が壊れるなどした。同機は高度約9千メートルから3千メートルまで緊急降下したという。ある乗客は「機体の破片がファーストクラスの客席にも飛んできて、酸素マスクも飛び出した」と語った。

 豪デーリー・テレグラフ紙(電子版)は、今年3月に内装を新しくした際、整備士が機体に数多くの腐食を確認していた、と報じた。同紙は老朽化が事故の一因とする専門家の見方や、整備を外注化したことで整備の水準が低くなったとのパイロットの証言も伝えている。

飛行中のカンタス航空ボーイング747の機体に大きな穴が開き、マニラ国際空港に緊急着陸した事故は、穴から機内の空気が抜け、一歩間違えば墜落などの大惨事につながるところだった。「ドンという大きな音がした後、酸素マスクが下りてきた」。乗客は事故当時の状況を生々しく振り返った。

 乗客はマニラへの緊急着陸後、市内のホテルに移動した。医学生のリンダ・ペニークックさんは毎日新聞の取材に、「穴の開いたすぐ近くの席に座っていた。ドンという音の後、空気が流れる音がした。下りてきた酸素マスクを付けるのに必死で、怖いと感じる余裕もなかったが、飛行機が着陸後、床に縦20センチ、横60センチくらいの割れ目ができ、外の光が見えて急に怖くなった」と話した。

 85年の日本航空123便事故では、ボーイング社の修理ミスから後部の圧力隔壁が破断して空気が噴き出し、機体を破壊して墜落につながった。

 今回も破損の部位によっては、機体の空中分解や、壊れた機体の破片がエンジンに吸い込まれて火災を起こすなど、危険な状態に陥る可能性があった。

 客室内では、携帯用の酸素マスクを付けた乗員が手分けして乗客一人一人に声をかけてくれたため、悲鳴を上げたりパニックに陥る乗客はいなかったという。

 会社員のニール・ウォルシュさんは「機内では恐怖を感じなかったが、緊急着陸後、ホテルでテレビのニュースを見て機体の損傷を知り、本当に恐ろしくなった」と、興奮した様子で話した。

 2008/05/26  着陸間際にがっちゃんこ

5月のある日、テキサスのRoanokeというところにある地域空港で、空港のパターン内でパイパーチェロキーがスティンソンの上に着陸してしまった。
チェロキーには教官とスチューデントパイロットが搭乗しており、スティンソンの方は単独飛行だった。
チェロキーが、離陸途上のスティンソンの上に着陸してしまった模様。幸運にも怪我はなし。
大半の空中衝突は、空港そばの飛行パターン内で、特に天気のいい日に発生している。だから最終アプローチは特に注意が必要。



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