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 2011/07/26  不明の小型機の一部発見、1遺体を収容

 小宮さんは26日午前9時前に静岡市清水区の富士川滑空場を離陸しましたが、予定時刻の午前10時を過ぎても戻ってきませんでした。小型飛行機は機体の整備状況を確認するため、静岡市の三保方面を飛行していたと見られています。

 海上保安庁などが付近を捜索していましたが、午後2時40分過ぎ、静岡市の沖合の海上で機体の一部を発見。さらに機体の付近で1人の遺体を収容しました。

 国土交通省によると、静岡市の富士川滑空場から離陸し行方不明になった小型飛行機の右主翼の一部が26日午後、同市清水区三保の東約8キロの海上で見つかった。航空自衛隊のヘリコプターが発見した。
 運輸安全委員会は27日、原因調査のため航空事故調査官2人を派遣する。
 静岡県警などによると、小型機は小宮剛さん(55)が操縦。26日午前9時ごろ離陸し、清水区の三保の松原上空を通り、約1時間で同滑空場に戻る飛行計画だった。(
 2011/06/22  ロシア北部の旅客機墜落で少なくとも44人死亡、重体も7人

ロシア北部ペトロザボーツク郊外で20日夜、乗客乗員52人を乗せたルスエアーの旅客機ツポレフ134型機が墜落し、少なくとも44人が死亡した。非常事態省のスポークスマンが明らかにした。

 事故機は乗客43人と乗員9人を乗せ、モスクワのドモジェドボ空港を出発。現地時間午後11時40分(日本時間21日午前4時40分)ごろ、ペトロザボーツク郊外の空港滑走路から約1キロ離れた道路付近に墜落、炎上した。最終進入体勢だったが、何らかの異常で滑走路手前の高速道路への緊急着陸を試みた模様。

 非常事態省のスポークスマンは「事前調査の情報では44人が死亡。8人が負傷し、うち7人が非常に深刻な状態にある」と述べた。

 ロシアのニュースサイトwww.lifenews.ruは、10歳の少年が生存していると伝えているが、詳しい情報は明らかにしていない。医療関係者が地元テレビに語ったところでは、少年は重体で病院に搬送されたという。

 この事故について、ルスエアーはコメントを出していない。インタファクス通信によると、乗客の大半はロシア人だが、1人はスウェーデン国籍だという。

 2011/05/20  ジャンボジェットの事故は?

Saab 340Aが製造数の割りに全損事故が多かったので、Boeing747はどうなんだろう、と調べてみた。

1969年に第1号が就航してから42年になるが、いまだに製造されており、合計1421機が造られている。
全損事故は51件で、人身事故は26件だった。(もちろん最大の死傷者を出したのは1985年の御巣鷹山への墜落事故で520名の方がなくなっている)

製造された期間と平均使用年数は異なるが、Saabが事故を起こし易いというわけではなかった(747が全損3.6%に対してSaabは2.2%)
機体は40年くらいは持つものだが、寿命を全うしてほしいもの。

 2011/05/19  アルゼンチンで小型旅客機が墜落 22人死亡

南米アルゼンチンの南部で18日、国内線の小型旅客機が墜落し、乗客と乗員合わせて22人全員が死亡しました。

アルゼンチンで18日夜、南部の都市ネウケンからコモドロリバダビアに向かっていた国内線の小型旅客機が、離陸しておよそ40分後に緊急事態を知らせる信号を送ったのを最後に消息を絶ちました。当局が捜索を行ったところ、ネウケンから南におよそ280キロ離れた丘陵地帯で、焼け焦げた機体の残骸が発見されました。旅客機には、乗客と乗員合わせて22人が乗っていましたが、運航しているアルゼンチンのソル航空によりますと、生存者は見つからず、22人全員の死亡が確認されたということです。墜落した現場の周辺では、夜空から火の玉のようなものが落下してきたという住民の目撃情報もあり、航空当局が墜落の詳しい原因を調べています。アルゼンチンの日本大使館によりますと、墜落した旅客機に日本人が乗っていたという情報は入っていないということです。

機体はSaab 340Aというもので、1983年から2000年まで457機が製造され、最大35人乗り。そのうち全損事故はこれで10件目で死亡事故は4回目となる。また、1回1997年にハイジャックにあっている。
 2011/01/10  106人乗り旅客機が墜落、71人死亡

国営イラン航空のボーイング727旅客機が9日夜(日本時間10日未明)、イラン北西部ウルミエの農村地帯に墜落した。機体は大破し、乗客乗員106人のうち71人が死亡、35人が負傷した。AP通信が現地メディアの情報として伝えた。

 AP通信などによると、同機はテヘランから、北西へ約700キロのウルミエに向かっていた。現場近くの空港へ着陸を試みていたが、何らかの原因で墜落した。当時、現場周辺は吹雪で視界が悪かった。

 イランでは重大な航空機事故が相次いでいる。機体は老朽化し、また核開発問題などに伴う経済制裁で、修理や部品交換などの不備が指摘されている。最近では09年7月、カスピアン航空のロシア製ツポレフ旅客機が墜落、乗客乗員168人全員が死亡した。

 2011/01/04  2人搭乗の小型機遭難

 3日午後5時15分ごろ、熊本空港(熊本県益城町)を離陸した小型プロペラ機が消息を絶った。熊本県警によると、同機には山口県周南市の医師神田博さん(53)と妻裕美さん(50)が乗っていた。阿蘇山の外輪山周辺では、同機のものとみられる救難信号が出ており、国土交通省熊本空港事務所や県警は、小型機が遭難したとみている。

 県警の警察官と地元の消防隊員ら計数十人が同日夜、現場付近を捜索したが手掛かりは発見できなかった。航空自衛隊の協力も得て、4日朝から捜索を再開する。

 同空港事務所や県警などによると、遭難したのは単発のプロペラ機で、パイパーPA46―350P型機。届け出では機長は神田さんだった。同機は周南市の会社が所有している。

 小型機は同日午後5時12分に熊本空港を離陸し、数分後に管制塔のレーダーから機影が消えたという。消息を絶った地点は、阿蘇山外輪の鞍岳(1119メートル)の南約3.5キロ。現場付近は積雪があるという。

 神田さん夫婦は3日午後、子供2人と小型機で、鹿児島県・奄美大島の奄美空港から熊本空港に到着。子供2人が降りた後、神田さん夫婦が乗った同機は北九州空港(北九州市小倉南区)に向け離陸した。当時は雨が降っていたという。 

 2010/10/16  「空飛ぶホテル」エアバスA380が羽田に初着陸

 世界最大の旅客機で「空飛ぶホテル」とも呼ばれるエアバス社(本社・フランス)のA380が15日早朝、テスト飛行で東京都大田区の羽田空港に初めて着陸した。21日に第4滑走路と新国際線ターミナルビルがオープンする羽田で、離着陸や乗客の昇降に支障がないかなどをチェックするのが目的。

 A380は全長約73メートル、全幅約80メートルの総2階建て。エアバス社によると、成田空港ではシンガポール航空など3社が運航しているが、羽田への就航を表明している航空会社はまだないという。

 同社のマーケティング担当者は、「大型機のメリットをアピールしていきたい」と話した。
 2010/11/03  世界最大エアバス機が緊急着陸 エンジントラブル

オーストラリアのカンタス航空によると、同航空の最新鋭エアバスA380が4日午前、シンガポール空港を離陸して間もなく、エンジントラブルを起こした。同機は乗員乗客459人を乗せてシンガポールからシドニーに向かっていたが、引き返してシンガポール・チャンギ国際空港に緊急着陸した。豪政府によると、けが人などは出ていないという。

 同機は、総2階建ての世界最大の旅客機で乗客500人以上が乗ることができる。

 同航空によると、4基のエンジンのうち1基がトラブルを起こし停止。故障したエンジンは落下したとの情報もあり、詳しい状況を調べている。

 インドネシアのメディアが現地警察当局や目撃者の話として伝えたところによると、4日午前、シンガポールに近いインドネシアのバタム島付近で爆発音が聞こえ、カンタス機のものとみられる機体の破片が見つかった。
 2010/11/07  豪カンタス機がシンガポールに緊急着陸、当初は墜落との報道も

豪カンタス航空の発表とシンガポールTVの報道によると、459人が乗ったカンタス航空機が4日、エンジントラブルを起こし、シンガポールのチャンギ空港に引き返すことを余儀なくされた。

 同機はシンガポールの空港に緊急着陸したが、一部のメディアは当初は、墜落したとも報じていた。

 エンジントラブルが起きたのはエアバスのA380型機。トラブルが起きたのは、シンガポール離陸後間もなくだったという。

 一部メディアは当初、インドネシアのバタム島上空で爆発し、墜落したと報じた。カンタス株は一時下落したが、その後回復している。

 シンガポールのチャンネル・ニュースアジアの報道によると、カンタス機はシンガポール上空を旋回後、午前11時45分(0345GMT、日本時間午後零時45分)ごろシンガポールに緊急着陸した。

 オーストラリアの政府関係者は、負傷者は出ていないとしている。

カンタスの不祥事、短期間で2度目。
 2010/11/07  キューバ墜落

キューバ中部で4日、アエロカリビアン機が墜落し、日本人1人を含む68人が死亡した事故で、事故機が墜落直前、煙と炎を噴き出しながら低空を飛行していたことが分かった。ロイター通信が5日、目撃者の話として伝えた。

 航空当局の専門家でつくる調査委員会は同日、現地入りし、原因究明に着手。ブラックボックスが回収された。墜落現場では遺体の収容作業が続いたが、難航している。

 目撃者の一人は「事故機は推進力を失ったようで、不安定だった。操縦士は機体を起こそうとしていたが、機体は白い煙を噴き出し始めた」と話した。

 事故機を製造したATR社は5日「現段階で事故原因は不明」とし、調査に協力するとした声明を出した。同社によると、事故機は1995年に製造され、2006年からアエロカリビアン社が運航していた。

 収容された遺体は、身元確認のため、首都ハバナの法医学施設に運ばれるという。

同国航空当局は5日未明(日本時間同日午後)、事故機に日本人女性のウメハラ・ヨウコさんが搭乗していたことを明らかにした。事故で全員が死亡したという。外務省によれば、この女性は東京都港区の梅原葉子さん(52)とみられる。

 当局が発表した搭乗者名簿によると、事故機には外国人28人が乗っていたが、日本人は1人のみ。ほかにはアルゼンチン、メキシコ、オランダなど、キューバを除く10カ国の外国人が巻き込まれた。 



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