| 小学生の頃は、将来の夢はと聞かれて、「科学者になるんだ」と訳のわからないことを言ってラジオを作って級友へ売りつけるというバイトをしていたが、中学2年のときには模型飛行機飛ばし(Uコントロール機、後にラジオコントロール機)に興じ、将来はエアラインパイロットになるしかない、と思い込んでいた。高校3年で念願の運輸省航空大学校の1次、2次試験をパスし、最終難関の適正試験である3次試験を宮崎で受けた。2時間ほどビデオで「操縦の仕方」の講義を受け、午後から班に分かれ乗って頂きます、と言われ、思わず隣の人と「ん?シミュレータじゃないの」「何言ってんだ、本物飛ばすんだよ」と会話。ともあれ単発飛行機を試験官を載せ4回ほど飛ばし、「やっぱり俺は適正がある」と唯我独尊、無事合格。選択制の入学月を8月にセットし、滑り止めで合格していた4年制大学に暇つぶしに通った。いよいよ8月に入学金と授業料を持って宮崎本校へ飛び立ったが、全寮制の同室の先輩に、不景気で今年は誰もパイロットに採用されなかった。この先もどうなるか、他の選択があるならラインパイロットの道は諦めた方がいい、と言われ弱気に。翌朝には一人で決断して入学金払込前に帰途についた。第1のショック。 |